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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)1560号 判決 1995年7月18日

兵庫県川西市平野一丁目五番一三号

控訴人

日比野恵美子

兵庫県川西市多田桜木二丁目三番二八号

控訴人

株式会社ケイ・テック

(旧商号・株式会社カブトテツク)

右代表者代表取締役

片原憲

控訴人ら訴訟代理人弁護士

田中駿介

谷口由記

大阪府豊能郡能勢町下田三二三番地

被控訴人

カブト工業株式会社

右代表者代表取締役

片原千榮子

右訴訟代理人弁護士

芝原明夫

藤木邦顕

徳井義幸

右訴訟復代理人弁護士

莚井順子

主文

本件控訴を棄却する。

ただし、訴えの一部取下げにより、原判決主文第三項は失効した。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

以下、控訴人日比野を「被告恵美子」と、控訴会社を「被告会社」と、被控訴人を「原告」とそれぞれ表記する。

第一  申立て

控訴人らは、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

第二  事案の概要

一  前提となる事実関係

1  原告の営業、商号及び製造販売商品(争いがない)

原告は、亡片原奈良一が、昭和三一年一二月一八日、目的を美術工芸品の製造及び販売、精密機械工具の製造及び販売、空調機器の設計、施行及び販売等、商号を「日本精研工業株式会社」とし、本店を大阪府豊中市庄内西町三丁目七番一号(協同ビル)に置いて設立した株式会社であり、主たる営業所を兵庫県川西市平野一丁目五番一三号に置き、同所を本拠として事業活動を営んでおり、昭和三九年から奈良一の考案した工作機械搭載用旋盤工作工具の先端取替式回転センター(商品名「カブトセンター」)等を製造販売している。

原告の売上額の約八〇%は、原告製品と円筒精密研磨加工用クリッパー(商品名「カブトクリッパー」)の売上げで占められている。

昭和四二年八月一〇日原告の商号を「カブト工業株式会社」に変更。以下「原告商号」というときは、この変更後の商号を指す。

昭和五〇年三月一日、原告肩書地に本店移転。

以下「原告製品」というときは、右回転センターを指す。

2  被告会社の営業、商号及び製造販売商品(特に証拠を掲記した部分以外は、争いがない)

被告恵美子は奈良一の長女、日比野雅晴は同被告の夫、片原憲は奈良一の二男であるが、後記9<9>の大阪地裁平成四年(ヨ)第一五二三号職務執行停止仮処分申請事件の平成五年二月九日付け申請認容決定によりその職務の執行を停止されるまでの間、被告恵美子及び雅晴は原告の取締役、憲は原告の代表取締役であった。

被告会社は、平成五年三月一二日、右三名の前取締役らによって、目的を金属加工機械部分品の製造及び販売、空気調整機器の設置工事及び販売、鋳物製美術工芸品の製造及び販売等とし、商号を「株式会社カブトテツク」とし、本店を兵庫県川西市多田桜木二丁目一〇番三七号に置いて設立された株式会社であり、被告恵美子及び雅晴が取締役、憲が代表取締役に就任している。原告の主たる営業所の所在地から直線距離で約三〇〇メートルの至近距離にある(ワラヂヤ出版株式会社発行「シティ・マップ 兵庫県川西市」により計測)。

被告会社は、当審口頭弁論終結後の平成七年五月二二日、本判決当事者の表示のとおりの商号に変更登記した。以下において「被告カブトテツク商号」というときは、変更前の「株式会社カブトテツク」の商号を指す。

被告会社は、設立以来、原告製品と同種の工作機械搭載用旋盤工作工具の先端取替式回転センター(商品名「ライブセンター」)を製造販売しており、原告と競業関係にある。ただし、「ライブセンター」はこの種商品に慣用されている普通名称と認められる(甲四七の1~3、弁論の全趣旨)。

以下「被告製品」というときは、右のライブセンターを指す。

被告製品は、その価格表(甲三八)において、「ライブセンター」の商品名に続く括弧書きで「先端取替式」「回転センター」の表示をしている点及びサイズ番号の表示の仕方の点などにおいて原告製品と共通しているのみならず、実際の製品も、一見しただけでは直ちに識別できないほどに商品形態が酷似している。また、被告製品の卸価格及び希望小売価格は、原告製品の卸価格及び希望小売価格と同額に設定されている(甲三七、三八、四九、弁論の全趣旨)。被告製品の売上げ額は、被告会社の全売上げ額の大半を占めている(弁論の全趣旨)。

3  原告の有する商標権(争いがない)

原告は、原判決別紙商標登録目録記載の商標権の設定登録を得た。

以下、右商標権を「本件商標権」といい、その登録商標(原判決別紙第一目録記載の標章)を「本件登録商標」という。

4  本件商標権の一部移転登録の存在(争いがない)

特許庁平成四年一〇月一二日受付第一〇二八〇号で、本件商標権について当時原告の取締役であった被告恵美子のために、同年五月八日共有を原因とする本権の一部移転登録が経由されている。ただし、本件一部移転契約の締結に関する原告の取締役会の承認決議を記載した議事録は存在しない。

以下、「本件一部移転登録」というときは、右の移転登録を指し、「本件一部移転契約」というときは、その原因とされている原告と同被告との間の同日付け本件商標権の一部移転契約を指す。

5  原告の商号や商標等の使用態様(争いがない)

以下、「原告現商標」というときは、原判決別紙第二目録記載の商標を指し、「原告旧商標」というときは、原判決別紙第三目録記載の商標を指し、「原告商標」というときは、原告旧商標と原告現商標の二つの総称である。

(一) 原告は、原告製品の発売開始当初から昭和四二年八月ころまでの間、原告の旧商号(日本精研工業株式会社)及び原告旧商標を、横書きした「KABUTO LIVE CENTER」(カブトライブセンター)の文字と共に原告製品の包装箱に明記し、あるいは原告旧商標を「TRADE MARK」の文字と共に原告製品の金属表面に刻印表示して使用し、昭和三九年、原告旧商標について商標登録出願をし(商願昭三九-五四一八三号)、昭和四一年一月二〇日に登録査定を得た。

(二) 原告は、昭和四二年八月一〇日商号を原告商号(カブト工業株式会社)に変更したことに伴い、そのころから原告旧商標の使用を中止して、原告商号及び原判決別紙第二目録記載の商標を、横書きした「KABUTO LIVE CENTER」(カブトライブセンター)の文字と共に原告製品の包装箱に明記し、あるいは原告現商標を「TRADE MARK」の文字と共に原告製品の金属表面に刻印表示して使用するようになり、現在までその使用状態を継続している。

一般に、回転センター等の機械工具は、包装箱及び製品本体に表示された商標及び製造メーカー名によってその出所、品質が識別されており、エンドユーザーもそれらを基準として商品を選択しているというのが、精密機械工具業界の取引の実情である。

6  原告の宣伝広告態様(甲二〇、二一、三九の1~4、弁論の全趣旨)

原告は、原告製品(カブトセンター)の製造販売を開始した昭和三九年以降現在までの間、商工経済新聞、全国工業新聞、産業機械新聞、機械経済新聞、日本機工新聞等の精密機械工具の業界紙に、原告商号、原告商標、原告の業務内容、原告製品を含む原告商品の宣伝広告を継続的に掲載した。これらは、いずれも、原告製品の製造元として原告商号を明記するとともに、原告商標を掲載しており、しかも、「先端取替式」「回転センター」「カブトセンター」「センター界の革命」などの原告製品の商品名と共に、その機能や新規性、独創性を表現する広告文言を記載していた。また、この間右各業界紙には、原告及び原告製品に関する好意的な紹介記事がたびたび掲載された。さらに、原告は、原告の業務内容や原告製品を含む原告商品の詳細な仕様等を記載した「先端取替式センターカタログ」(甲二一)を作成して、全国の精密機械工具販売代理店や小売店等に多数配布した。そして、長年にわたる販売実績が積み重なり、このように原告が宣伝広告に力を注ぎ、業界紙にもたびたび紹介された結果、「カブト」という表示は、ライブセンター(回転センター)の取扱者である全国の金属加工業者及び機械工具流通業者の間において、原告商号(カブト工業株式会社)や原告製品の商品名(カブトセンター)の略称と認識されるようになり、また、原告製品を含む原告商品は、原告商標の形状から直ちに連想され、同商標中にも「KABUTO」とローマ字表記されている、「カブト」の名称で取引者、需要者から称呼され、それで通用するようになっており、原告商号及び原告現商標は、原告の営業表示及び商品表示として取引者及び顧客の間に広く認識されるに至っている。

7  原告商号及び原告現商標の被告会社による使用(争いがない)

被告会社は、平成五年五月一四日ころ、原告が使用しているのと同一の硬質段ボール製包装箱に、原告商号及び原告現商標を、横書きした「KABUTO LIVE CENTER」(カブトライブセンター)の文字と共に表示し、原告現商標を「TRADE MARK」の文字と共に製品の金属表面に刻印表示した被告製品二〇個と、末尾の原告商号の記載を被告カブトテツク商号の記載に変更しただけで他は原告説明書と全く同文の説明書を収納して、日京産業株式会社を通じてオークマ株式会社に納品し、原告商号及び原告現商標を使用したが、それ以降はその使用を中止している。

8  原告商標の製作経緯(特に証拠を掲記した部分以外は、争いがない)

(一) 奈良一は、原告が旧商号「日本精研工業株式会社」であった時代に、商標として歯車の図の中に英文字「Super」を入れたものを使用しており、これを商標登録しようと考え、弁理士中尾房太郎に相談したところ、同人から登録要件を欠くと言われて出願を諦め、その代わりに右商標中の英文字「Super」を旧商号の一部「精研」を示すローマ字「Seiken」に変更した標章について商標登録出願したが、他の登録商標(商公昭二八-一二六〇。乙一)に類似するとの理由で登録を拒絶された。

(二) そこで、奈良一は、昭和三九年の初夏ころ、家族及び原告社員に原告の商標図案(マーク)を募集し、これに応じて思い思いに提案されてきた図案(マーク)の中から、被告恵美子が「うち(原告)の頭(先端)を取り替える商品にピッタリである」旨説明して提案した甲冑の兜の図を採用することにした。しかし、いざ具体的にどのような形状の兜の図にするかという段になって、奈良一と被告恵美子はその選択に苦慮したが、被告恵美子が、奈良一と緊密に相談しながら、個人の好みに関係なく、しかも図案化もし易い折り紙細工の兜を図案化し、中央部の真向(広辞苑第四版五二三頁「兜・冑」の項掲載の図版参照)部の形状を、折り紙細工の兜の三角形状ではなく、大きく強調した半円形状とし、その中に奈良一のローマ字表記のイニシャルの「N」の文字を配し、下部の横長の逆台形状台座部分の中に、当時の原告の商号「日本精研工業株式会社」のうちの「日本精研」部分のローマ字表記「NIHON-SEIKEN」の文字を配した原告旧商標の図案を完成した。奈良一は、当時、社員の技術上の考案、提言等に対して、その功績を讃えるため、賞品を授与し、短冊に考案者の氏名を書いて原告事務所に掲げるのを常としていたが、被告恵美子の右商標図案の提案についても、「賞 片原恵美子 商標考案の件」と記載した短冊を掲げるとともに、同被告に対し、褒美として、「これは五つしか作っていないもので、永年勤続者しか持っていない。お父ちゃんのを記念にやる。」と言って、歯車形状の中に「Super」の文字を彫った金製バッジを与えるとともに、女性用腕時計を一つ買い与えた(乙三、被告恵美子本人)。

(三) 原告は、昭和四二年八月一〇日、原告旧商標の兜の図にちなんで、商号を原告商号(カブト工業株式会社)に変更したことから、原告旧商標図案の下部の横長の逆台形状台座部分中の「NIHON-SEIKEN」の文字を「KABUTO」の文字に変更した原判決別紙第四目録記載の標章につき商標登録出願したが、登録商標「KAPT」(登録第八七四三九九号)に称呼上類似するなどの理由で拒絶査定を受けた。

(四) そこで、原告は、弁理士のアドバイスを受けて、前項記載の拒絶査定を受けた標章の図案である横長の逆台形状台座部分中の「KABUTO」の文字に続け、「MFG」の文字を付記して「KABUTOMFG」に修正した商標図案(本件登録商標の図案)を制作し、これについて商標登録出願し、登録査定を受けた。

9  片原一族間の紛争(甲四~一九、二七、四四の1、2、証人勲、被告恵美子本人、弁論の全趣旨)

原告は、奈良一及び妻千榮子と両名間の四人の子(長女被告恵美子、長男勲、二男憲、三男誠)及びその家族が全株式を所有し、奈良一の存命中は、子らも学校卒業ないし中退と同時に原告に入社し従業員となって家業に勤しむという、典型的な同族会社の経営形態をとり、奈良一の技術力と経営手腕に全面的に依存してその指示命令の下に運営され、同人が会社支配の全権を握っていた。被告恵美子は、昭和四〇年に原告の取引先の営業社員であった雅晴と結婚し、原告工場敷地内に居住し、原告の経理を担当していたが、被告恵美子夫婦は昭和五一年ころ原告を退社し、他所で住むようになった。ところが、奈良一が昭和五二年七月二八日急逝したため、被告恵美子夫婦は同年九月に原告に復帰し、原告の代表取締役には勲が就任した。原告は、奈良一の死亡後も順調にその業績を維持していたが、次第に営業及び経理面を担当する被告恵美子夫婦の社内での影響力が強くなり、昭和五六年には憲が勲に代わって原告の代表取締役に就任した。その後、原告は専ら被告恵美子夫婦の経営判断で運営されるようになり、勲及び誠の原告内における地位ないし発言力が低下してきたことから、同人らはこれに反発し、昭和五九年六月、原告からの独立の意思を表明したため、紛争が表面化し、以後姉弟間で何度か話合いの機会が持たれたが、結局は決裂し、原告は、同年一二月末日付けで勲及び誠に対し解雇通知を発するに至った。

このことに端を発して、それ以降片原一族間には長年にわたり紛争が続き、原告の会社組織に係るものだけでも、左記の訴訟等が係属した。

<1> 解雇通知を受けた勲及び誠は、昭和六〇年一月、原告に対し従業員たる地位の確認と賃金仮払を求める仮処分を神戸地裁伊丹支部に申し立て(同支部昭和六〇年(ヨ)第九号)、同年四月一九日申立て認容の決定を得た(甲一三)。勲及び誠は、同時に原告に対し従業員地位確認等請求訴訟を同支部に提起し(同支部昭和六〇年(ワ)第一四七号)、平成二年五月三一日請求認容の判決を得(甲一四)、原告からの控訴及び上告は棄却となった(大阪高裁平成二年(ネ)第一四一二号、最高裁平成三年(オ)第一六三三号。甲一五、一六)。

<2> 雅晴及び被告恵美子が、勲及び誠が主張する原告株式の持株数を争ったため、勲及び誠は、昭和六〇年、原告に対し株主地位確認、取締役地位確認請求訴訟を大阪地裁に提起し(大阪地裁昭和六〇年(ワ)第四二六四号、四二六六号)、昭和六三年六月一五日、取締役地位確認請求については勲の請求は棄却となったが、株主地位確認請求については、勲が原告の五二五〇株の、誠が同三九五〇株の株主であることを確認する旨の判決(甲五)が言い渡され、原告からの控訴及び上告は棄却となった(大阪高裁昭和六三年(ネ)第一二二八号、最高裁平成元年(オ)第一四九〇号。甲六、七)。

<3> 原告が昭和六二年六月三日を払込期日とし、雅晴及び被告恵美子ら当時の原告の取締役及びその一族のみが引受人となる二万株の新株発行をしたため、勲及び誠らは、原告に対し右新株発行の無効確認請求訴訟を大阪地裁に提起し(大阪地裁昭和六二年(ワ)第一〇七一六号)、平成元年五月一七日請求認容の判決を得(甲八)、原告からの控訴は棄却となり(大阪高裁平成元年(ネ)第一一〇七号。甲九)、上告は平成二年七月二三日に取り下げられた(大阪高裁平成二年(ネオ)第二〇八号。甲一〇)。

<4> 平成二年三月三一日開催の原告の株主総会において、憲、雅晴及び被告恵美子を取締役に選任する旨の決議がされたため、勲及び誠は、原告に対し右株主総会決議取消請求訴訟を大阪地裁に提起し(大阪地裁平成二年(ワ)第四八七〇号、第四八七四号)、また、平成三年には千榮子、片原孝子(勲の妻)及び片原奈津子(勲の長女)から原告に対し株主地位確認等請求訴訟が大阪地裁に提起され(大阪地裁平成三年(ワ)第二二四七号、第三八六六号)、これらの各事件は併合審理され、平成四年五月二九日勲、誠、千榮子、片原孝子及び片原奈津子らの請求を全面的に認容する旨の判決が言い渡されたが(甲一八)、憲らは、同判決につき控訴している。

<5> 原告は、平成二年に二回の新株発行をしたが、その都度、勲及び誠から原告に対しその差止めを求める仮処分申立てが大阪地裁にあり、同年八月八日及び同年九月七日に、いずれも新株発行の差止めを仮に命ずる旨の仮処分決定があった(大阪地裁平成二年(ヨ)第一九〇八号、第二一九三号。甲一一、一二)。右仮処分決定については原告から異議が出されたが(大阪地裁平成二年(モ)第五三〇八八号)、平成四年七月一五日原決定認可の判決があり、控訴されたが、平成五年一月二七日右控訴は取り下げられた。

<6> 雅晴、日比野晴美(雅晴と被告恵美子間の子)及び日比野隆(同上)は、前記<1>の勲及び誠が提起した従業員地位確認等請求訴訟について平成三年一二月二〇日に原告の上告を棄却する旨の判決があったことから、勲及び誠が原告に復帰すれば原告の従業員が全員退職し、原告の倒産が必至であることを理由に、平成四年二月二〇日原告に対し会社解散請求訴訟を大阪地裁に提起し(大阪地裁平成四年(ワ)第一三二五号。甲四四の1)、原告は代表取締役及び監査特例法上の代表者を憲として、請求原因事実を全部自白した(甲四四の2)。しかし、千榮子が原告の代表取締役に就任してからは右事実を争い、一審で請求棄却となり、控訴も棄却となった(大阪高裁平成六年(ネ)第一三一一号、平成七年三月三〇日判決。甲三七四)。

<7> 平成四年三月二一日開催の原告の定時株主総会において、憲、雅晴及び被告恵美子を取締役に、板東健治を監査役に選任する旨の決議がされたため、勲、誠、千榮子、片原孝子及び片原奈津子は、同年四月二二日、原告に対し右株主総会決議取消請求訴訟を大阪地裁に提起した(平成四年(ワ)第三三四四号、甲一九)。

<8> 原告は、平成四年四月一〇日付けで勲及び誠を再度懲戒解雇したため、同人らは、同年、原告に対し地位保全及び賃金仮払を求める仮処分を神戸地裁伊丹支部に申し立て(同支部平成四年(ヨ)第二〇号)、同年六月三〇日申立て認容仮処分決定を得た(甲一七)。原告は、右仮処分決定に対し異議を申し立てたが、同支部は、右仮処分決定を認可する旨の決定をした(同支部平成四年(モ)第一八八号)。

<9> 勲、誠及び千榮子が原告、憲、雅晴、被告恵美子及び板東健治に対し、原告の取締役及び監査役としての職務執行停止及び職務代行者選任を求めて申し立てていた大阪地裁平成四年(ヨ)第一五二三号職務執行停止仮処分申請事件の審理が終結に近付き、同年一〇月二日の審尋期日において、担当裁判官から提示されていた、憲、雅晴、被告恵美子及び板東健治ら原告の当時の取締役及び監査役が、一億円の解決金を原告から受領して原告を退陣する旨の和解案の受諾を同人らが最終的に拒絶する旨の意思を表明し、その結果、当事者の話合いによる同事件の解決が困難であることが明確になった。そして、同事件の平成五年二月九日付け職務執行停止決定決定(甲四)により、憲、雅晴及び被告恵美子は原告の取締役、代表取締役としての職務の執行を停止され、弁護士熊谷尚之が取締役兼代表取締役職務代行者に、弁護士中川泰夫及び同石井教文が取締役職務代行者に選任された。右職務代行者らは、直ちにその職務執行に着手し、平成五年二月二五日開催の原告の臨時株主総会において千榮子、勲及び誠の三名が取締役に選任されるとともに、総会後の取締役会において千榮子が代表取締役に選任され、同年三月五日、右三名の現取締役に対する事務引継が完了し、以後原告は同人らによって運営されている。

10  職務執行停止決定の前後の被告らの行為

被告らは、職務執行停止決定の前後に、左記の行為をした。

<1> 被告恵美子及び雅晴ら原告の当時の取締役は、平成四年一一月から一二月までの間、原告の主要な取引先である株式会社内藤及びシミヅ産業株式会社に対し、普通の値引率よりも大幅な値引率で通常月の六か月ないし一〇か月分の在庫に相当する商品を値引販売した(甲三三、証人勲)。

<2> 右当時の取締役が職務代行者に対し事務引継をした際、引継書類の中に原告製品の設計図面の原図が存在せず、この点について職務代行者から質問された雅晴は、平成四年末ころ焼却した旨説明した(甲五〇)。

<3> 被告恵美子及び雅晴ら原告の前取締役は、職務代行者に事務引継をすると同時に、平成五年三月一二日被告会社を設立したが、同月一〇日付けで、原告の取引先に対し、「仮営業所開設のご案内」と題して、「……カブト工業株式会社におきましては八年余に亘り、労働訴訟がありました。その結果、私達前取締役を始として全従業員らが新取締役らを嫌い、平成五年三月四日をもちまして全従業員らと共々退社し、リストラクチャリングを兼ねて分離独立をして、再起を図る運びと相成りました。……この度、お蔭様で下記に仮営業所を開設することができましたので、取急ぎご報告申し上げます。仮住所:兵庫県川西市多田桜木二丁目一〇番三七号来田ビル二階 新社名:株式会社カブトテック……」と記載した書面をファックスで送信した(甲二三)。

<4> 雅晴は、平成五年三月一八日ころ、株式会社ブレーンセンターに対し、原告が使用していた製品カタログの版下(原画)を被告会社用のものに修正して右カタログを増刷した場合の製作費用の見積もりを依頼した(甲二二)。

<5> <3>記載の原告の前取締役は、取引先に対し、「カブト工業がカブトテツクに社名変更した。」「カブト工業は社員が全員退社して製品が作れない。」などと説明して被告会社の営業活動をした(甲四一、証人勲)。

<6> そのため、原告は、平成五年三月三一日に本件訴えを提起し、同年四月一六日に、本訴主文二、三項同旨の商号使用禁止及び商標使用禁止を求める仮処分を申し立て(大阪地裁平成五年(ヨ)第一二二〇号)、同年七月二〇日、右仮処分申立事件について、本訴判決確定まで、被告らが本件登録商標及び原告現商標を使用しない旨の内容で裁判上の和解が成立した(弁論の全趣旨)。

<7> 被告会社のカタログ(甲三八)は、原告使用のカタログ(甲三七)とその体裁が酷似しており、製品サイズの表示等も酷似しているだけでなく、被告会社は、平成五年三月一二日に設立となったばかりなのに、「昭和六三年一一月二一日実施〔表紙〕」「旧・単体仕様」「『セット仕様』は廃止しました。廃止の理由は、……昭和五八年度を以て輸出を廃止して以来、一〇年が経過しましたことと、……廃止させて戴きました。」「昭和五七年三月一五日実施」などと、被告会社と原告との法人としての連続性を前提としない限り、理解し得ない内容を随所に記載している(甲三七、三八、証人勲)。

<8> 原告の有力な販売代理店であった株式会社内藤は、平成五年四月五日付け文書で、現取締役と前取締役との間に折り合いがつかなければ、同社としては取引を被告会社一本に集約せざるを得ない旨通告した。そのため、原告は、同年九月七日到達の内容証明郵便で同社の本社(東京都北区所在)及び大阪支店に対し、「被告らが上記のような不正な営業活動をしており、そのため本件訴訟を提起したが、同社の営業社員も『カブト工業にいた人を全員揃えて、カブトと同じ取替式センターで品質は変わらない。』とのセールストークをしており、被告会社と原告の商号及び価格表の類似性から、両社の間に混同を生じるので、原被告商品が別個であることを営業社員に周知徹底されたい」旨要請したが、同社から回答はなかつた(甲二四、三四の1~3、弁論の全趣旨)。

<9> 原告は、平成五年九月一〇日ころ、株式会社内藤の各支店等に対し、同社が「カブト工業がカブトテツクに社名変更した。」「カブト工業は社員が全員退社して製品が作れない。」などと説明して営業活動をしている事実を原告が確認したとして文書で警告した(甲三五)。

<10> 原告は、一向に事態が改善されず、被告会社の発注した原材料が原告の営業所に誤配されたり、被告会社に対する商品注文書が原告の営業所にファックスが送信されるなどの混同事例が生じたため、平成五年一〇月ころ、被告会社が原告と無関係である旨説明したダイレクトメールを取引先に対し送付するとともに、平成六年二月一八日発行の日本機工新聞に「最近、弊社の商号と類似した『株式会社カブトテック』が弊社製品と類似した製品を販売しており、営業上多大な迷惑を被っております。弊社としましては長年の信頼を守るべく、法的手段に訴えております。同社及び同社製品はカブト工業とは一切関係がございません。お得意様各位におかれましては、御購入の際にはカブト工業製品であることを今一度、御確認頂きますようお願い致します。」と記載した社告を掲載した(甲三六、四一、四六の2、乙一四、証人勲)。

二  原告の請求の概要

1  本件商標権に基づき、被告恵美子に対し、本件一部移転登録の抹消登録手続。

2  原告が本件商標権を有していること及び原告現商標が周知性を取得していること、並びに、被告会社が本件登録商標及び原告現商標を使用するおそれのあることを理由に、被告会社に対し右各商標の使用禁止。

3  不正競争防止法四条(改正前の不正競争防止法一条の二第一項)に基づき、被告らに対し、被告会社の不正競争行為により原告に生じた損害九八三万六七三五円のうち三〇〇万円の賠償。

原告は、原審で次の被告カブトテツク商号の使用禁止請求をしたが、当審口頭弁論終結後、この請求の訴えを取り下げた。

原告商号が周知性を取得していること、並びに、<1>被告カブトテツク商号は原告商号と類似し、その使用は原告の商品又は営業と混同を生じさせ、不正競争行為を構成すること、及び、<2>被告会社は被告カブトテツク商号を「不正競争の目的」で使用していることを理由に、不正競争防止法(平成五年法律第四七号。以下同じ)二条一項一号、三条一項(改正前の不正競争防止法一条一項一号、二号)又は商法二〇条に基づき、被告会社に対し、被告カブトテツク商号の使用禁止。

三  争点

1  本件商標権は被告恵美子に一部移転されたか。

2  被告会社が将来本件登録商標及び原告現商標を使用するおそれがあるか。

3  原告現商標及び原告商号が周知性を取得したか。

4  本件登録商標図案及び原告現商標図案は、被告恵美子が著作権を有する著作物か。被告会社は本件登録商標等につき通常使用権を有するか。

5  被告カブトテツク商号が原告商号に類似し、被告会社による被告カブトテツク商号の使用により、原告の商品又は営業と混同を生じたか。また、右使用により原告の営業上の利益が害されたか。

6  被告会社は被告カブトテツク商号を「不正競争の目的」で使用していたか。

7  被告会社の行為が不正競争行為に該当する場合、被告恵美子に故意又は過失があったか。また、原告は営業上の利益を害されたか。それらが肯定された場合、被告らが賠償すべき原告に生じた損害の額。

四  原判決

原判決は主文で、次のとおり被告らに命じ、その余の原告の請求を棄却したので、控訴人らは、次の主文の部分の取消しを求めて本件控訴に及んでいる。ただし、3の部分の商号使用差止め請求についての訴えは、被告会社が当審口頭弁論終結後に商号変更したことから取下げとなった(被告会社同意済み)。

1  被告恵美子は原告に対し、本件商標権について、特許庁平成四年一〇月一二日受付第一〇二八〇号本権の一部移転登録の抹消登録手続をせよ。

2  被告会社は本件登録商標及び原告現商標を使用してはならない。

3  被告会社は株式会社カブトテツクの商号を使用してはならない。

4  被告らは原告に対し、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第三  争点についての主張及び判断

一  争点1(本件商標権は被告恵美子に一部移転されたか)

【被告らの主張】

平成四年二月一五日開催の原告の取締役会では、原告から被告恵美子に対し本件商標権の一部を移転し、本件商標権を両者の共有とすることについての承認決議がされた。右承認決議についての取締役会議事録は作成されていないが、それは、反対意見の取締役はいなかったし、事前に特許事務所から商標権の一部移転登録申請手続には取締役会議事録の添付は不要である旨説明を受けていたから作成しなかっただけである。当時の原告代表取締役憲は右承認決議を受けて、同年五月八日、被告恵美子との間に本件一部移転契約を締結した。したがって、本件一部移転契約は完全に有効である。

このように原告が被告恵美子に対し本件商標権の一部を移転し両者の共有としたのは、当時原告に対する解散請求訴訟が係属中であり、早晩原告の法人格が消滅することが予測されたからである。すなわち、片原一族間で八年余の長きにわたり合計六〇件以上もの原告の支配権をめぐる裁判が繰り返され、そのために原告が費やした労力や費用は莫大なものがあった。これには慢性的に資金不足に喘ぐ原告のような零細企業にとっては耐え難いものがあり、原告は、その時点で既に将来の発展の目途も付かない状態にあったのである。そこで、憲、雅晴及び被告恵美子ら原告の前取締役は、平成四年二月一五日、取締役会を開催して今後の方針について協議した結果、もはや原告事業を継続する必要性に乏しく、対外的に迷惑をかけずに原告事業を清算するためにも、企業として健全な体質がなお一部温存されているうちに原告を解散する以外に方法はないとの結論に達した。また、同日開催の取締役会において同時に、原告の解散に伴い本件商標権が消滅した場合、ライバル企業が、本件登録商標を使用したり、原告製品の類似品を発売することによって市場に混乱を生じ、その結果過去に協力を得てきた原告の代理店等の取引先に迷惑がかかるような事態が発生することを憂慮し、原告の解散後本件登録商標が他社によって使用されることのないよう、事前に適切な対策を講じておくべきであるとの結論に達した。

そこで、更に右前取締役間でその具体的方策について検討した結果、憲が、「(本件登録商標図案の)発案者である姉ちゃん(被告恵美子)に権利があり、会社(原告)が現在まで使わせてもらってきたものだから、姉ちゃんと会社の共有名義にしたらよい。」と提案し、他の前取締役も憲の意見に賛成し、本件商標権の一部を被告恵美子に移転し同被告と原告の共有とすることを承認した。さらに、この取締役会で、将来設立される予定であった被告会社が本件登録商標を使用することについても許諾する旨決議された。したがって、被告会社は、本件登録商標について少なくとも通常使用権を有する。

原告は、右各取締役会決議が存在せず、本件一部移転契約が虚偽のものである旨主張するが、右主張は取締役会議事録が存在しないことに託けた現取締役の単なる憶測にすぎない。議事録が存在しなくても、現実にされた取締役会決議は有効であり、真実右承認決議が存在したがゆえに、その後の公告手続も登録手続も行われたのである。もっとも、本件一部移転登録の申請は平成四年五月二九日(乙九)と若干遅れている。しかしそれは、憲と被告恵美子は直ちに中尾特許事務所に申請手続を依頼したところ、折あしく同事務所所長の中尾弁理士が病床にあり、その後間もなく死去し同事務所が閉鎖されたため、担当事務員が岩永片之特許事務所に転職するのを待って再度同事務所に手続を依頼した結果である。

【原告の主張】

本件一部移転登録は、単に被告恵美子が本件商標権を共有するとの外観を作出するだけでなく、憲、雅晴及び被告恵美子ら原告の前取締役が、原告の経営権を喪失後、原告の営業活動を妨害し、原告を倒産させる意図をもってした、極めて悪質な害意に基づくものである。本件一部移転登録に関して被告恵美子から原告に対し何らの対価も支払われていないことに加え、以下の諸事情に照らして考えると、本件一部移転契約は、虚偽のもので実際には存在せず、原因関係を欠き無効というべきである。

すなわち、被告らが平成四年二月一五日に開催した旨主張する原告取締役会の議事録(甲四二)には、本件一部移転契約の締結に承認を与える件に関しては一切記載がなく、そもそも、右議事録は、普通であれば職務代行者を通じて前取締役から事務引継を受けた勲、誠及び千榮子ら原告の現取締役に引き継がれ、同人らにおいてその原本を所持すべき性質の書類である。ところが、現実には引継書類の中には右議事録は存在せず、現取締役は、雅晴らから原告に対し提起された解散請求訴訟の書証として提出されて初めて、その存在を知るに至ったのである。しかし、本件商標権は原告の有する重要な無体財産であり、本件一部移転契約の締結は、原告にとって自己の解散にも負けず劣らず極めて重大な意味を持つ案件である。したがって、被告ら主張のように真実右取締役会決議が存在したのであれば、当然その点に関する議事録も作成され、保存されるのが、ごく普通の成り行きである。

また、本件一部移転登録の申請日付が右取締役会開催日から三か月以上も経過した平成四年五月二九日となっているのも極めて不自然である。

さらに、被告恵美子本人は、本件訴訟において本件一部移転契約に関する取締役会の承認決議の模様について質問された際、解散請求に関する議決をした取締役会終了後、前取締役間で改めて本件商標権の移転について協議したかのような供述をするかと思えば、その一方で、「(取締役会議事録に)書き忘れているのかもしれません」と供述するなど、その供述内容は要領を得ない。

以上の諸事情に照らせば、前取締役は、それまで原告の経営権をめぐるすべての訴訟で敗訴につぐ敗訴を重ね、この時期、自分達の原告の経営支配が近い将来終焉を迎えようとしていることを察知し、本件商標権を被告恵美子との共有名義に変更することによって、自分達が原告外に放逐された時点で、原告の営業を不正に妨害し、あわよくば、そのことによって原告が経営破綻に陥っているかのように、会社解散請求訴訟において自らの主張を有利な方向に展開するためにも、原告の営業活動を妨害する策動を開始したものと推測せざるを得ない。そのことは、本件一部移転契約の締結日とされる平成四年五月八日が職務代行者選任仮処分事件の申立日と同日であり、同年一〇月二日の同事件の審尋期日において担当裁判官から提示されていた、前取締役らが一億円の解決金を原告から受領して原告を退陣する旨の和解案の受諾を最終的に拒否する意思を前取締役らが表明し、その結果、和解による同事件の解決がもはや困難であることが明確になった直後の、同月一二日に本件一部移転登録申請があったという事実に、如実に物語られている。前取締役らは、自分達が原告の取締役の地位を奪われる日の間近に迫ったことを敏感に察知し、この時点で本件一部移転登録の実行に踏み切ったのである。

【当裁判所の判断】

株式会社の代表取締役が表面上会社の代表者として法律行為をしたとしても、それが代表取締役個人の利益を図るため、その権限を濫用してされたものであり、かつ、相手方が右代表取締役の真意を知り又は知り得べきであったときは、右法律行為は、会社につき効力を生じないと解される(最高裁昭和三八年九月五日第一小法廷判決・民集一七巻八号九〇九頁)。

憲の締結した本件一部移転契約は、外形上、原告の職務についてなされたものと認められるので、その効力について検討するに、前記争いのない事実及び認定事実を総合すると、本件一部移転契約が原告にとって、営業活動を営む上で極めて重要な経済的価値を有する本件商標権の処分行為であるにもかかわらず、これに承認を与える件に関して取締役会議事録が作成されていないこと、憲、雅晴及び被告恵美子ら原告の前取締役らは、片原一族間に紛争関係が生じて以後、勲、誠及び千榮子ら原告の現取締役を原告から排除し、自分達が原告の経営権を掌握するために種々の法的手段を駆使してきたものであること(しかし、そのうち裁判になったものはほとんどすべて後に違法と判断されたことは前記第二の一9のとおりである)、本件一部移転契約締結当時も職務代行者選任仮処分申立事件の審理が煮詰まり、前取締役らが裁判所提示の和解案の受諾を最終的に拒否したことにより、早晩右申立てが認容され、前取締役らが原告の経営権を喪失するであろうことがほぼ確実視されるという客観情勢にあり、前取締役らは、そうした自分達の劣勢を打破するため、最後の策として原告に対する解散請求訴訟を提起する一方で、自分達が原告外に放逐された場合の生き残りを賭けて被告会社の設立と原告事業と同種事業の継続を画策しており、将来被告会社の取引上不可欠になる商号や商標等の営業表示及び商品表示については、これまで業界で名声と信用を獲得してきた原告事業と被告会社事業との連続性を対外的に示すためにも、原告使用のもの、あるいはそれに極めて類似するものをできる限り利用しようとしていたものであること、が認められる。

これらの事情に照らして考えると、本件一部移転契約の締結は、憲の個人的利益(ひいては、それが雅晴及び被告惠美子らその余の前取締役の利益ともなる)のために行われたものと推認せざるを得ず、かつ、被告惠美子においても同じ前取締役の一員として当然これを知っていたものと認められるから、本件一部移転契約は原告につき効力を生じないというべきである。

また、本件一部移転契約は商法二六五条所定の取締役会の承認を受ける必要がある取引に該当するにもかかわらず、取締役会の承諾を受けた事実を認めるに足りる証拠がないから、この面からみても原告につき効力を生じないというべきである。

したがって、本件商標権に基づき、被告惠美子に対し、本件一部移転登録の抹消登録手続を求める原告の請求は理由がある。

二  争点2(被告会社が原告現商標及び本件登録商標を使用するおそれがあるか)

【当裁判所の判断】

前記第二の一7のとおり、被告会社は、平成五年五月一四日ころ、原告が使用しているのと同一の硬質段ボール製包装箱に、原告商号及び原告現商標を、横書きした「KABUTO LIVE CENTER」(カブトライブセンター)の文字と共に表示し、これに原告現商標を「TRADE MARK」の文字と共に製品の余属表面に刻印表示した被告製品二〇個を収納して、日京産業株式会社を通じてオークマ株式会社に納品し、原告商号及び原告現商標を使用したが、それ以降はそれらの使用を差し控えており、現在のところ、一応これを使用していない。しかし、被告会社は、本件商標権を原告と被告惠美子が共有している旨、及び被告会社は少なくとも本件商標権につき通常使用権を有している旨現在も主張しており、現在はただ無用な紛議を避け、本件訴訟の結果いかん等を考慮すべくその使用を差し控えているにすぎないと認められるから(弁論の全趣旨)、被告会社は、原告現商標のみならず本件登録商標を被告会社の商品自体及びその包装箱等に商標として使用し、原告の本件商標権を侵害するおそれがあるというべきである。

三  争点3(原告現商標及び原告商号が周知性を取得したか)

【当裁判所の判断】

前記第二の一5及び6によれば、遅くとも被告会社の設立時である平成五年三月一二日までに、ライブセンター(回転センター)の取扱者である全国の金属加工業者及び機械工具流通業者の間において、原告現商標は、原告製品の「先端取替式」の特色と共に広く認識されるに至っており、同時に、「カブト」の外観、称呼、観念を生じる原告現商標を付した原告製品の製造販売業者の営業表示として、原告商号も広く認識されるに至っており、それは現在も同様であると認められる。

四  争点4(本件商標図案及び原告商標図案は被告惠美子が著作権を有するか。被告会社は本件登録商標等につき通常使用権を有するか)

【被告らの主張】

(商標図案についての被告惠美子の著作権)

本件商標図案及び原告現商標図案は、被告惠美子が、折り紙細工の兜の図をヒントにはしたものの、それとは別個に自らの感覚と技法を駆使して独自に創作したものであって、図全体のバランスを考え、拡大縮小して使用した場合にもマークとして見やすい形状とした点、二本の鍬形の大きさや長さに意匠上の工夫をこらした点及び中央部の真向の形状を折り紙細工の兜の場合のように三角形状にではなくて、生命の源である太陽をイメージして強調した大きな半円形状に描き、その中に、原告が業界で日本一を目指す意味いも込めて、奈良一の名前のイニシャルの「N」の文字を配した点において創作性が認められ、それ自体で美術の著作物として保護されるべき図案である。

原告は、本件登録商標図案及び原告現商標図案の著作権は、著作権法一五条の法人著作の規定により原告に帰属する旨主張するが、右各商標図案は、被告惠美子がその職務上作成したものではない。

その点をしばらくおくとしても、そもそも法人著作の規定は、昭和四六年一月一日施行の現行著作権法によって初めて創設された規定であり、右各商標図案は昭和四二年に創作されたものなので、それらはいずれも旧著作権法が適用される著作物である。旧著作権法には法人著作に関する明文規定はなく、解釈上、被用者が職務上著作物を作成した場合、その著作権が誰に帰属するかについては、雇用契約その他によって当事者間に特約があればそれに従うが、それがない場合には実際の著作者に著作権が帰属するといつ見解が通説とされていたのであり、現行著作権法でも、その附則四条一項で、新法一五条の規定は、同法施行前に創作された著作物については適用しない旨規定している。

したがって、いずれにせよ、本件登録商標図案及び原告現商標図案の著作権は被告惠美子に帰属する。そして、著作権が先に成立しているときは、商標権の保護範囲も商標法二九条により制限されるから、本件商標権者である原告といえども、本件登録商標を使用するにも、本件商標権を行使するにも、著作権者である被告惠美子の使用許諾を得なければならないのに、原告は、被告惠美子の使用許諾を得ていないから、本件商標権を被告惠美子に対して主張することはできない。

(被告会社の通常使用権)

本件商標権者(共有者)である被告惠美子は被告会社の取締役、被告会社の取締役雅晴は被告惠美子の夫、被告会社の代表取締役憲は被告惠美子の弟であり、被告会社は実質的には右三名の共同事業なので、被告会社の本件登録商標及びそれに類似の原告現商標の使用は、共有者である被告惠美子の使用と同視されるべきである。したがって、被告会社は本件登録商標等につき通常使用権を有する。

また、本件商標権の一部移転契約について、原告の取締役会の承認を得るとともに、将来設立する被告会社への使用許諾について、被告惠美子及び原告の了解があり、原告の取締役会もこれを承認したから、被告会社は本件登録商標及びそれに類似する原告現商標につき通常使用権を有する。

【原告の主張】

本件商標図案及び原告現商標図案の製作経緯に照らして考えれば、そこには奈良一自身の指示や工夫も多分に盛り込まれていることは明らかである。そして、右各商標図案自体から明白なように、それらは折り紙細工の兜の図案を模倣して描いた比較的簡単な図にすぎず、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法二条一項一号)とはいえない。したがって、右各商標図案には著作物性が認められない。

仮に右各商標図案が著作物に該当するとしても、その著作権は被告惠美子にではなくて原告に帰属する(著作権法一五条)。するわち、同被告は、右各商標図案の製作当時原告の従業員であり、原告代表者奈良一の発意に基づき、その職務上右各商標図案を製作したものであって、原告には契約、就業規則その他同条所定の別段の定めはなかったから、同被告に右各商標図案の著作権が帰属する余地はない。そして、同被告は、原告旧商標図案及び本件登録商標図案の商標登録出願に際しても何ら異議をとどめず、原告の右各登録商標の使用を承認し続けていた。これらの事実からすると、同被告が、本件登録商標図案及び原告商標図案の著作権が原告に帰属することを認めていたことは明らかである。

【当裁判所の判断】

前記認定事実、殊に原告旧商標図案製作当時、原告が奈良一とその親族及び家族のみを株主とする典型的な同族会社の経営形態をとり、奈良一の存命中は同人の技術力と経営手腕に全面的に依存してその指示命令の下に運営され、同人が会社支配の全権を握っていたこと(第二の一9)、原告旧商標図案の作成は同人の発意に基づくものであり、その作成過程においてたびたびその内容について容喙し、被告惠美子も積極的に奈良一に相談しその指示を受け入れて図案を製作完成していたこと、同被告は、原告旧商標図案の完成に関して奈良一から表彰を受け、褒美として腕時計を買い与えられていること(以上につき第二の一8)などの事実に照らして考えると、当初の折り紙細工の兜の図の採用が被告惠美子のアイデアに由来するものであったとしても、原告旧商標図案の製作過程を全体として観察すれば、奈良一は、被告惠美子を意のままに動かし、あたかもその手足のように使って原告旧商標図案を完成したものと認めるのが相当である。

したがって、仮に原告旧商標図案に著作物性を認め得るとしても、奈良一の指示どおりに著作物(原告旧商標図案)の作成に従事した被告惠美子は、その著作者であるというよりはむしろ、著作者の補助者にすぎないものとみるのが右製作過程の実態に合致し、被告惠美子も、原告が使用する原告の商標として奈良一の意に最も適うものを作成する目的で原告旧商標図案の製作事務に携わったものと認めるのが相当ということになる。

そうすると、原告旧商標図案の著作者は、右製作事務の帰属主体たる原告であり、その著作権は、原告が原始的に取得したものであり、少なくとも、製作に携わった奈良一及び被告惠美子との黙示の契約により、図案完成と同時に原告に譲渡されたものというべきであり、原告旧商標図案を一部修正して作成された拒絶査定に係る商標図案、原告現商標図案及び本件登録商標図案の著作権も、図案完成と同時に原告に帰属したものと認めるべきである。

また、被告会社が本件登録商標等につき通常使用権を有する旨の主張のうち、被告惠美子が本件商標権の共有者であることを根拠とする主張は、同被告が共有者と認められないこと前記説示のとおりなので、理由がない。原告が使用許諾を受けた旨の主張は、主張事実を認めるに足りる証拠がないから、右主張は採用できない。

したがって、本件商権及び周知性を取得した原告現商標を有する原告が被告会社に対し、その侵害予防として本件登録商標及び原告現商標の使用停止を求める原告の請求は理由がある。

五  争点5(商号の類似性、混同及び営業上の利益侵害)

【原告の主張】

原告商号「カブト工業株式会社」のうち他社との識別性を有する主要な部分は「カブト」の部分である。また、被告カブトテツク商号である「株式会社カブトテツク」のうち、会社の種類を示す「株式会社」の部分を除いた「カブトテツク」のうち、「テツク」は英語「テクノロジー」の略語と考えられるところ、それは英語「テクノロジー」を直訳した場合の「技術」の意味のほかに、最近のように片仮名を使用した社名変更が流行している実情の下では、「テツク」の語は、「テクノロツジー」の略語として、「カブト工業」のうちの「工業」の部分の名称変更と誤解される可能性が高い。そうすると、原告商号と被告カブトテツク商号は、「カブト」の部分が他社との識別性を有する主要な部分を構成している点において共通し、しかも、原告と被告会社は同じ精密機械工具の製造販売業に従事し、かつ、同種の製品を製造販売しているので、「カブト工業」と「カブトテツク」は、取引者、需要者の間に混同を生じさせたものであり、原告商号と被告カブトテツク商号が類似することは明らかである。

被告会社は、原告の本店所在地とは管轄法務局を異にする兵庫県川西市に本店を置いているが、それは原告と同じ大阪府下に本店を置いた場合、被告カブトテツク商号の商号登記が拒絶される可能性のあることを考慮した結果である。

のみならず、被告会社は、現実にも第三者から原告と同一会社とみられることを狙って行動している。すなわち、原告は、本店登記は大阪府下に置いているものの、長年にわたり兵庫県川西市内に主たる工場及び営業所を置いて営業活動をしてきたが、被告会社の本店所在地は、原告の右工場及び営業所の所在地と地理的に極めて近接しており、そのため、例えば被告会社の発注した原材料が誤って原告の営業所に配送されたり、被告会社に対する別注製品の注文ファックスが誤って原告の営業所に送信されるといったように、現実にも混同事例が多発している。

また、被告会社の取締役らは、原告の取引先に対し、前取締役在任当時の原告の製品品質及び技術水準は、被告会社によってしか達成できない旨虚偽の事実を宣伝して営業活動を展開しただけでなく、原告の取引先に対し、原告の前取締役らが「リストラクチャリングを兼ねて分離独立」したとか、取引については「当社(被告会社)までご連絡いただきたくお願い申し上げます」とか記載した平成五年三月一〇日付け案内状(甲二三)を送付するなどして、原告の主要な製品販売先である機械工具商社に対し、原告製品と同じ製品を被告会社が製造するので購入されたい旨申し入れており、商社の中には「カブト」の表示さえあれば、従来の原告製品と同程度の販売を確保できるとの思惑から、被告会社との取引に応じる動きも一部に出てきている。

被告会社はさらに、「カブトテック ライブセンター」の商品名で原告製品(商品名「カブトセンター」)と同種の先端取替式回転センター(被告製品)を製造販売している。なお、被告製品と原告製品の商品形態が酷似していることは、原告に対し修理品として送付された製品の一部に被告製品が混入していた事実からも明らかである。「ライブセンター」とは、先端取替式回転センターの一般名称であり、普通「何々」ライブセンターとその前に製造業者名を冠して取引されており、取引者、需要者は、その製造業者名によって商品を識別し購買しているのに、被告製品の商品名「カブトテック ライブセンター」は、原告製品「カブトセンター」と酷似しているから、両者は、取引者、需要者の間に商品主体の混同を生じさせるものというべきである。したがって、被告カブトテツク商号のうちの「カブトテツク」の「カブト」の部分は単に商号の一部としてでだけでなく、商品表示上も取引者、需要者間に混同をもたらすキーワードとなっている。

【被告らの主張】

被告カブトテツク商号が原告商号に類似する、あるいは被告会社において第三者から原告と同一会社とみられることを狙って行動している旨の原告主張はいずれも否認する。

被告会社の取締役らは、就任に際し原告の取引先等に対し、自分達が原告の取締役を辞任し原告を去ったこと、及び、被告会社は原告とは無関係であることを対外的に公表しており、そのことによって右取引先等が両社を識別こそすれ、混同することなどあり得ないし、被告会社を原告と混同して被告会社に注文がきた事例は一度たりともない。仮に原告の元取引先が被告会社に対し製品を注文したとしても、それは被告会社を原告と混同したからではなくて、被告会社の優秀な技術力を評価したからである。

【当裁判所の判断】

商号の類似性

原告商号と被告カブトテツク商号を対比すると、被告カブトテツク商号のうち「カブト」の部分は原告商号と同一であるが、原告商号ではそれに「工業」及び「株式会社」の語が接続されているのに対し、被告カブトテツク商号では「株式会社」の語が冒頭にあり、かつ、原告商号にはない「テツク」の語が接続されていることにより、両者の称呼は全体としてみれば相違する。

しかしながら、まず、両商号のうち、「株式会社」の部分は、会社の種類を表示するものにすぎず、商取引の実際においてはこの部分は省略して表示され、称呼されないことが多いことは経験則上明らかなので、その位置の違いは被告カブトテツク商号を見る者や聞く者の注意を惹かない部分に関するものである。

また、被告カブトテツク商号のうち、「テツク」の部分は、英語の「technology」の略語である「tech」(研究社新英和大辞典第五版二一六七頁。被告使用の「テツク」の英文字表記は「Tec」となっているが〔甲三八の表紙〕、「tech」に由来するものと一般に認識されるものである)を日本語表記したものと推認され、「テクノロジー(technology)」なる語は、「科学技術」を意味する外来語として日常的にも用いられ、「テクノロジー」として通常の国語辞典にも登載されている。このように、「テツク」は単に抽象的概念を意味するにすぎないから、それ自体では自他識別力に乏しいものである。他方、原告商号のうち「工業」の部分も、各種製造業を営む事業者の商号中に一般に慣用される普通名称なので、それ自体では自他識別力に乏しい。

これに対し、両商号に共通する「カブト」の部分からは、これを見る者や聞く者に直ちに「頭部を保護するためのかぶりもの」である「兜」(広辞苑第四版五二三頁)の観念を想起させ、特に、前記三で争点3について認定したとおり、原告現商標及び原告商号は、遅くとも被告会社の設立時点において、ライブセンター(回転センター)の取扱者である全国の金属加工業者及び機械工具流通業者の間において、原告製品の「先端取替式」の特色と共に、原告商号のフルネームばかりでなく、原告商号及び原告現商標の外観、称呼、観念から生じる「カブト」の略称までも、原告の営業表示及び商品表示として周知性を取得したから、「カブト」の称呼は、右各関係業者との関係では、原告製品を含む原告商品及びその販売主体である原告を強く連想させ、印象づけるものと推認される。したがって、国内における取引に際しては、両商号は「テツク」又は「工業」の部分が省略されて単に「カブト」と称呼される可能性が高かったと認められる。

そして、右にみた「カブト」の周知性にかんがみると、被告カブトテツク商号を見る者や聞く者は、被告カブトテツク商号のうちの「カブト」の部分の称呼及び観念に強く影響され、「カブトテツク」を「カブト工業」と全体的に類似のものとして受け取られたものと認められる。商号が使用される実情についてみても、原告と被告会社は、同種の商品(先端取替式回転センター)を製造販売しており、原告商品と被告商品は、その取引ルートにおいても競合する場面が多く(弁論の全趣旨)、しかも、商品自体も一見しただけでは判然とは識別できないほどにその形態が酷似していること、さらに、原告の主たる営業所の所在地と被告会社の本店所在地が地理的に極めて近接しており、被告会社の発注した原材料が原告の営業所に誤配されたり、被告会社に対する商品注文書が原告の営業所にファックスが誤って送信されるなど、両商号の混同に起因するとみられる事例が既に現実に発生したことなどの諸事情(前記第二の一10)をも総合勘案すると、被告カブトテツク商号は原告商号に類似していたものというべきである。

混同及び営業上の利益侵害

右原告商号と被告カブトテツク商号の類似性に加えて、原告と被告会社の営業がともに機械工具の製造販売業であり、商品形態の酷似する同種の商品を取り扱っていること、全国の金属加工業者及び機械工具流通業者の間においては、前示のとおり原告商号が広く認識され、その要部ないし略称たる「カブト」の部分は、単に原告の営業表示としてのみならず、原告製品を含む原告商品の商品表示としても広く認識されていることを併せ考えると、被告会社が被告カブトテツク商号を被告製品を含む被告商品の製造販売の事業に使用することは、原告の商品又は営業と混同を生じさせた不正競争行為(不正競争防止法二条一項一号)に該当すると認められる。また、そのような混同が生じたことにより、原告の売上げが減少し、混同に起因する営業活動の混乱等により、原告の営業上の利益が害されたものというべきである。

六  争点6(不正競争の目的)

【原告の主張】

被告会社の取締役である憲、雅晴及び被告惠美子の三名は、原告の取締役に在任中あらゆる不正な手段を講じて原告の会社支配を図った挙げ句、職務代行者の選任及び現取締役の就任という事態を迎えて、更に原告の会社経営の転覆と信用失墜及び財産基盤の破壊を狙い、原告の本店登記が大阪府豊能町でされていることを奇貨として、ことさら取引者、需要者をして原告又は原告商品と混同せしめる意図の下に被告カブトテツク商号を選定し、被告会社を、原告の主たる工場及び営業所の所在地と地理的に極めて近接する兵庫県川西市多田桜木に本店を置いて設立した。その上、被告会社は、原告の主要な製品販売先である機械工具商社に対し原告製品と同じ回転センターを被告会社が製造するので購入されたい旨申し入れており、また、原告使用のカタログの原版を有する印刷会社に対し、原告使用のカタログを一部修正して被告会社のカタログを製作した場合の製作代金額の見積もりを依頼するなどの不正競争行為に及んでおり、その結果、既に取引者、需要者の間に原告と被告会社の誤認混同事例が発生するに至っている。

以上によれば、被告会社が被告カブトテツク商号を不正競争の目的で選定、使用していたことは明らかである。

【当裁判所の判断】

原告が被告会社の本店所在地と地理的に極めて近接する兵庫県川西市内に主要な営業所を有し(両者の直線距離は約三〇〇メートル)、そこで長年にわたり原告商号を使用して営業していること及び原告現商標が周知性を取得していたことは前認定のとおりであり、被告会社を設立した被告惠美子、雅晴及び憲は原告の前取締役であったから、被告会社の設立時にそのことを十分認識していたことは明らかである。これに加え、前認定の被告らの行為(第二の一10)を併せ考えると、被告会社は、自己の営業を既登記商号たる原告商号の使用者である原告の商品又は営業と混同させ、原告の商品又は営業が有する信用ないし経済的価値を自己の商品又は営業に利用する意図を有し、かつ、取引者、需要者から「川西市」の「カブト」と称呼認識される意図を持って被告カブトテツク商号を選定したものであり、その設立の当初から商法二〇条所定の不正競争の目的があったものと推認すべきであり、これを動かすべき特段の証拠はない。

七  争点7(故意過失、損害額)

【原告の主張】

被告会社の不正競争行為(本件登録商標及び原告現商標並びに被告カブトテツク商号の使用)により原告の被った損害は次のとおり合計九八三万六七三五円となるが、原告は、本訴においてこのうち三〇〇万円を被告らに対し請求する。被告惠美子は、被告会社に不正競争行為をさせたことによる損害賠償義務を負う。

信用回復のための旅費、交通費 一八三万六五三五円

被告会社が原告の商号及び商標を不正に使用したため、問屋及び小売店等の原告製品の流通ルートに混乱をきたし、原告の現取締役は、その信用回復のため全国各地に出向いて事情説明をしなければならなかった。そのために原告が要した旅費、交通費、営業接待費は平成五年分(三月~一二月)一三五万四八九五円、平成六年分(一月~三月一七日)四八万一八四〇円の合計一八三万六五三五円となる。

宣伝費、通信費 五〇万円

原告は、被告会社との誤認混同を避けるために、産業機械新聞等の業界紙に事情説明の広告を掲載したり、直接訪問できないディーラー等に対しては事情説明の文書(甲三六)をダイレクトメールで送付して、原告の信用回復に努めなければならなかった。そのために原告が要した費用は五〇万円を下回らない。

株式会社内藤に対する売上げ減 三〇〇万円

被告会社の設立により、原告の取引先である株式会社内藤に対する売上げが減少しているが、その減少額は、修理関係の売上げで月額一五万円、別注品関係の売上げで月額五〇万円に上るときがあった。したがって、平成五年三月から平成六年三月までの一年間の右売上げ減少額の総計は三〇〇万円を下回らない。

信用毀損による慰謝料 三〇〇万円

被告会社の不正競争行為は極めて悪質であり、これによって原告の被った損害は財産的損害の賠償のみによっては回復できるものではないから、別途慰謝料の賠償が認められるべきであり、その額は三〇〇万円を下回らない。

弁護士費用 一五〇万円

被告会社の不正競争行為のため、原告は被告らに対し、商標使用禁止仮処分申立て(大阪地裁平成五年(ヨ)第三二〇号)及び本件訴訟の提起を余儀なくされ、右仮処分申立事件及び本件訴訟事件の追行を原告訴訟代理人らに委任せざるを得ず、これに伴う弁護士費用一五〇万円の損害を被った。

【被告らの主張】

原告の第三八期(平成五年一月~一二月)の決算報告書(乙一七)によると、原告は、同期の売上げ高が三七〇〇万円なのに対し、売上げ原価としての外注費は約三〇〇〇万円にも上り、役員報酬九六〇万円及び給料手当約一七〇〇万円を支出する一方で、約二九〇〇万円もの大幅な営業損失を計上し、従業員の退職積立金の中から約七〇〇万円を取り崩すという経理処理をしている。この事実は、原告の現取締役らに製品製造の技術力がないため、原告が取引先から製品受注を受けても自ら製造することができずに、外注に回さざるを得ない状況にあることを如実に物語っている。原告のような機械部品メーカーが自社製造を止めて外注に依存する体質に変貌すれば、取引先に不安感と不信感を抱かせ、その信用を失墜するであろうことは、火を見るよりも明らかである。その上、長らく会社経営から離れていた現取締役らが突如原告に復帰したとしても、取引先から直ちに信頼されるはずもなく、また、前取締役と現取締役との間の長年にわたる紛争関係が対外的に公表されるに至ったのであるから、その意味でも原告が取引先に対する信用を失墜するのも当然である。

したがって、原告の従来の取引先からの受注が減少したり、現取締役が信用回復のため奔走した事実があったとしても、それは現取締役が自ら招いた結果にすぎず、これを被告らの行為と結び付けて論じる原告の主張はこじつけである。なお、各損害費目ごとの反論は次のとおりである。

信用回復のための旅費、交通費及び宣伝費、通信費

原告の現取締役が旅費、交通費及び宣伝費、通信費を出捐したのは、原告と被告会社との間に混同を生じたり、そのことに伴って原告の信用が失墜したからではなく、原告から前取締役が総退陣し、現取締役が就任したことを報告し、現取締役が技術力や信用の面で取引先に対し不信感を抱かせたことを謝罪するためのものであり、この関係の原告提出の書証(甲第五一号証ないし第三当一号証)はすべてそのための挨拶回りに要した営業経費か、あるいは原告事業とは無関係の経費である。

株式会社内藤に対する売上げ減

株式会社内藤に対する原告の売上げが減少したのは、被告らの行為が原因ではなく、取引先が一〇年近くもの長い期間原告の業務から離れていた現取締役らに対し、その技術力や営業力の面で不信感を抱いたからであり、また、現取締役らが自ら片原一族間の紛争内容を外部に披瀝公表し、業界内での原告の信用を更に失墜させる挙に出た結果にほかならない。

信用毀損による慰謝料

被告らが原告の信用を毀損した事実はなく、むしろ、前項で述べたように現取締役らが取引先に不信感を抱かせ、自ら原告の信用を失墜させたものである。

【当裁判所の判断】

被告らの賠償責任

前記認定事実(第二の一9)及び弁論の全趣旨に徴すると、被告惠美子が被告会社の業務全般を実際上取りし切っているものと推認され、被告惠美子は、被告会社の設立に中心的役割を演じ、被告会社事業を実質上掌握しているものと認められるところ、前判示のところからすれば、被告惠美子は、被告会社設立に際し、原告商号が、ライブセンター(回転センター)の取扱者である全国の金属加工業者及び機械工具流通業者の間において、その要部ないし略称である「カブト」の表示によって、原告製品の「先端取替式」の特色と共に広く認識され、原告の営業表示及び商品表示としての周知性を取得していなことを十分知悉していたことは明らかである。そうすると、同被告の主観的意図はともかくとして、客観的にみる限り、被告会社は、原告とは全くの別法人として、新規にライブセンター(回転センター)の製造販売の事業分野に参入するのであるから、原告を含む他人の権利等を侵害することのないよう慎重に配慮して行動すべきは当然であり、被告惠美子は、被告カブトテツク商号が原告商号に類似し、もし被告製品を含む被告商品又はその製造販売に係る営業に被告カブトテツク商号又は原告現商標を使用するときは、原告の商品又は営業と混同を生じることを十分認識しながら、その点を顧みずに被告会社に右の不正競争行為をさせたものと認めるほかない。

したがって、被告惠美子は、右行為について原告に対し次に判断する損害を賠償すべきであり、被告会社も同様である。

営業上の利益侵害の事実及び損害額の判断

前記認定事実(第二の一10)に照らして考えると、原告は、被告会社が被告製品の製造販売に係る商品又は営業に被告カブトテツク商号、原告商号及び原告現商標を使用し、原告の商品又は営業と混同を生じさせた行為により、営業上の利益を害されたと認められるのみならず、原告は、原被告会社及び原被告商品が別個であることを世間に周知させるべく宣伝する必要に迫られ、あるいは、その名声、得意先関係、販売機会等にも悪影響を受けたとみるべきであって、被告会社の右行為により原告が営業上の利益を侵害され、これに対する対応を余儀なくされたことなどによって被った損害の額は、本件に顕れた一切の諸事情を総合考慮すると、本件訴訟の弁護士費用を含め一〇〇万円と認めるのが相当である。なお、原告提出の甲五一ないし三七二は、片原家一族間の原告の経営をめぐる紛争の末、原告の前取締役全員が退任し新取締役が就任した事情を取引先に説明し、新取締役が原告の経営に復帰するから、従前どおり取引を継続していただきたい旨依頼することを主目的としたものと認められるから、これらを全部被告会社の不正競争行為に起因する損害と認めることはできない。

被告らは、原告がその信用を失墜したのは、現取締役の技術力の不足と営業実績に対する信用欠如に原因があるかのように主張するけれども、原告は、現取締役に交替後も新設計の球面サポート方式の「カブトドライビングセンター」を開発し、平成六年二月からその発売を開始するなど、それなりに原告事妻の維持継続に努めていることが認められ(甲四六の1、証人勲、弁論の全趣旨)、本件全証拠によるも、被告らの右主張事実を認めるに足りない。

第四  結論

以上によれば、原判決主文の限度で原告の請求を認容した原判決は相当であり(原判決主文第三項は訴え取下げにより失効している)、本件控訴は理由がない。控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 塩月秀平)

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